塾講師の書き散らし〜for teachers,for parents〜

現役文系塾講師の【まに先生】が書き散らす、塾講師になりたい人や現役塾講師の皆様、コストをかけずにお子様の学習&学力アップをサポートしたい保護者の皆様向けのブログです。

言葉の【キメラ化】が教えてくれる大切な【言葉の遺伝子】

現代社会において、【若者言葉】等と称されるものが巷にあふれる現象は、特に珍しいものではありません。

【若者言葉】という称号には、単なるカテゴライズとしての呼び方という意味もあれば、その風潮を苦々しく感じている世代間での揶揄を込めたものとも考えられます。

このような風潮は、古文でよく使われる「をかし」と、現代口語で使われる「おかしい」の関係性から見ても不思議なことではなく、むしろ人類の進化の歴史と同じようなものとも思えます。

ところが、そうした言葉の生態系を根こそぎ狂わせるような現象が、この2025年よりも数年前から見られるようになりました。

これは最早【若者言葉】ではなく、キメラ(ファンタジーによく出てくる合成獣の魔物)のような違和感を抱かせる造語と言えるかもしれません。

今回は、「エモい」なる造語が、私にとって遭遇したキメラであったことを交えながらお話をいたします。

 

昨今、「エモい」という言葉を初めて見聞きした私は「気持ち悪い」の略語の派生かと思ったのですが、どうやら「エモーショナル(感動的)」という英単語に無理やり日本語の形容詞の語尾「い」を融合させたものだとか。

SNSという錬金術の場で生み出されたキメラであろうことは想像に難くなかったのですが、驚くべきことに、この【キメラ造語】を率先して地上波テレビで連呼している場面に遭遇してしまったのです。

しかも、国民から【受信料という名の放送局のための税金】を徴収している放送局が……です。

 

「エモーショナル」や「感動的」という正確な言葉と意味を理解して身につけている上での【お遊び】であれば、他愛もない内輪受けで済まされてしまいます。

しかし、それを知らずに、安易に「周りが使っているから」と造語をやたらに振りかざすのは、残念ながら洗練された知的さとは言い難いものでしょう。

ましてや、それを増長させているのが、あろうことか【国家】とは……。

「言葉を失う」とは、この衝撃に遭遇した私の心境を表すにぴったりでもあり、公共放送局が【キメラ造語】を率先して浸透させることによる「日本語の歪化」にも当てはまると言えます。

「その言葉が、時代に合った意味を新たに持つようになる」ということを受け入れる柔軟性とは別の問題です。

 

冒頭で触れました、古文でよく使われる「をかし」と、現代口語で使われる「おかしい」の関係性について申しますと、

【をかし】明るい意味での「趣深い」、素敵だと思える様子

【おかしい】悪目立ちする意味で「見た目や振る舞いが異質」、疑問を感じさせる様子

……という意味合いですが、これは時代の流れと共に、本来の意味あった「趣深い」が皮肉を込めた「周囲から浮いている」に変化し、現在に至ると考えられます。

好意的にせよ皮肉にせよ、「をかし」→「おかしい」には感性を表す言葉としての遺伝子が存在していることがわかります。

このように、「なぜ、古文に登場する多くの【古語】が、姿かたちはそのまま(わずかな語尾の変化はあれど)生き残り、意味が異なっているのか?」を考えれば、私たちの祖先がいかにして大切に【一つの言葉の遺伝子】を目に見える形で遺し続けて伝えてくれているのかが見えてくるように感じられます。

 

では、「萌える」という言葉の意味には、どのようなものがあるでしょうか?

ただの【ヲタク用語】なだけでしょうか?

それとも?

 

是非、皆様で考えていただきたいところです。

ちなみに、古語では「萌ゆ」となります。

 

安易に振り回されて手にして、意味もわからずに【使うことで最先端を行く自分】勝ち誇った顔で演出することは、ある種の【洗脳状態】になってしまいます。

【洗脳】とは、考える力を放棄させるものです。

 

しかしながら、世の中に考える力を使う人が存在する限り、そうしたキメラ造語も、いかにメディアが洗脳に躍起になろうとも、やがてそれは【死語】となります。

伝えるべき【言葉の遺伝子】をそもそも持ち合わせていないため、正しく生き残る術がなくなってしまうのですよね。

思い返せば、こうしたキメラ造語は「エモい」が登場する以前の2000年前後のチョベリグ」「チョベリバ」としても見られましたし、それらの消息を辿れば、こうしたキメラ造語の末路は火を見るよりも明らかと言えます。

チョベリグ(超+very good)、チョベリバ(超+very bad)

 

こうした、一見「いいじゃない、そのくらい。こまかいことは気にするなよ」ということにこそ、「何故?どうして、どこからそれは生まれたの?本当はどんな言葉であり、どんな意味だったの?」という疑問を抱き、調べて考えるきっかけが潜んでいます。

 

書き留めるための【文語】と、話すための【口語】が、読み書き話し【口語】に統一されてから80年近くになる今、このきっかけを大切にしたいものですね。

 

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